清岸寺の由来
法界山不断院清岸寺という。

当寺は1640年(寛永17年、「浄土宗寺院由緒書」による)専蓮社覺譽呑了上人(1647年寂)によって建立された。
清岸寺(龍池山不断院)はもと参宮橋南側にあった。
明治42年、住僧なく荒廃した、現在地にあった法界寺(寛永元年起立、開山は傳譽順良、1630年寂)と合併する。
参宮橋から当地へ移転したのは敷地が陸軍省に買い上げられ代々木練兵場が同所に設けられることになったためである。
法界寺と清岸寺が合併したことから法界山清岸寺と改称された。

御詠歌 幡ヶ谷に その名聞こえし清岸寺 法の流れは永久に尽きせじ 当山第43世済譽徳全 詠

写真:京王観音霊場第二番 幡ヶ谷聖観音像
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